第 8回  晩翠賞授賞  昭和42年(1967)
第18回 H氏賞受賞  昭和43年(1968)  H氏賞は詩壇の芥川賞とも呼ばれている
         新人の優れた現代詩の詩人の詩集を広く社会に推奨することを目的とした文学賞
         村上昭夫さんは『動物哀歌』で受賞(現在まで北海道、東北地区からは同氏のみである)
岩手県教育表彰受賞  昭和43年(1968)

郷土の豊かな精神文化の礎を築いた優れた先人を顕彰する先人記念館に
130名の中の1人として顕彰されています


 昭和2年1月5日  岩手県東磐井郡大原町(現・大東町)に生まれる
 昭和14年(12歳)  盛岡市にある岩手中学校(現・岩手中・高等学校)に入学

昭和14年?岩手中学1年生 岩手中学時代 自宅付近で家族と 岩手中学(昭和19.5.2 岩手中学時代学友と
岩手中学校 寄宿舎時代 岩手中学校5生
昭和19年?
岩手中学校剣道部
昭和19年5年生の頃か
岩手中学校剣道部 岩手中学校剣道部
昭和17年 3年生の頃か
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 昭和19年(17歳)  学徒動員により7月17日より約1年間横浜市鶴見の軍需工場(日本鋳造鶴見工場)へ行く
 
川崎市の「紫雲寮」に寄宿     (岩手中学第15回生 勤労動員学徒の手記)

学徒動員時代
村上昭夫は後列右3番目
学徒動員時の服装
ゲートルを着用
学徒勤労動員(昭19年)
寄宿地鶴見にて
鶴見工場での
作業風景
学徒勤労動員(昭19年)
皇居前での記念写真
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 昭和20年3月(18歳  岩手中学校卒業
 卒業後級友3人(山内賢一郎、古舘敏夫、浜田彪)とともに渡満し、旧満州国の官吏ななる
 赴任したのはハルピン市のある賓江省の役所だった
 しかしソ蓮軍の満州侵攻によりあっけなく失職、敗戦国難民としての無頼の生活「用心棒・御用
 聞き・薬品・ブローカー・露天商・行商・砂糖製造・菓子つくり・家財処分の手数料稼ぎなど人殺し
 以外はなんでもやって露命をつないだ

当時の満州の地図 赴任した浜江省公署 浜江省公署 ハルピン駅前 現在のハルピン駅


 
 昭和19年  秋、帰国実家に戻る 家族は昭夫がもうこの世にいないものとすっかり諦めていた
                                 (実家 盛岡市加賀野中道27番地)
 昭和22年(20歳)  盛岡郵便局事務員に採用される

 昭和25年(23歳)  春、結核発病 ベットが空かないために自宅療養
 秋、岩手サナトリュウムに入院
 昭和26年(24歳)  2月、岩手サナトリウム内の大部屋(19人室)にはいる
 昭和28年(26歳)  病気軽快となり岩手サナトリウム退院
 昭和30年(28歳)  盛岡郵便局郵政事務官を長期病気休職のため免職
 昭和34年(32歳)  仙台厚生病院に入院
 昭和38年(36歳)  仙台厚生病院を退院
 昭和42年(41歳)  寮友で俳句作家の昆ふさ子と結婚              プロポーズ意志表示詩
6月30日  再度国立盛岡寮養所に入院
10月19日   『動物哀歌』によって第8回土井晩翠賞受賞
 

11月14日
 受賞式には、父、ふさ子、和夫が代理出席
 晩翠賞受賞祝賀会、『動物哀歌』出版記念会が盛岡市ニューヤマトで開かれる
 父、国立寮養所の石川義志、弟の貞夫、成夫に付添われて出席
 席上、「肺病が癒ったら詩を書くことをやめる」と語る

土井晩翠賞受賞・出版記念祝賀会
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 昭和42/11/14 晩翠賞受賞 受賞祝賀会と出版記念会
 昭和43年(42歳)
          3月26日  
 H氏賞 鈴木志郎康『罐製同棲又は陥穽への逃走』と『動物哀歌』に決定
 その旨現代詩人会から連絡があり受諾
3月29日  同会の定例理事会で受賞者発表
       5月10日  東京新宿の紀伊国屋ホールで、第18回H氏受賞記念「5月の詩祭」が開かれる  
 はじめ医師の許可を得て上京出席の予定だったが欠席し 
 代理に母、弟・和夫、妹・睦子が出席、弟・和夫が代って賞を受ける
 昭和43年7月  おそらく村上昭夫最後の投稿作品「捨てる」(「無限」24号 昭和43年7月)


  9月末
    最後となってしまった見舞いの時、兄・昭夫は弟の私の前で初めて涙を流した。
           「兄ちゃんはもうだめだ・・・」と言ったと思う。
        (中略)
    その時は覗いても見なかったのだが、枕元にあった日記帳にはインクのなくなった
    万年筆のペンの跡が同じ行に重なって書き込まれていた。

    目も見えなくなっていた兄・昭夫。

  10月10日
    急変の知らせに駆けつけた父の前には、手を胸に組み合掌の姿の
    息子・昭夫の姿があったという
    その瞬間には立ち会えなかったのだが、遅れて行った私の目に飛び込んできたの
    はあの日記帳だった。

    最期のペン跡だけのページには、「村上昭夫、頑張った」の文字がかすかに
    読み取れていた。
        (後略)
村上昭夫資料室 末弟成夫による兄の回想より引用


10月10日  急変の知らせで、父をはじめ家族が駆けつけたが、すでに会話不能
 ただ顔でうなずくだけだった。手を胸に組み合掌の姿をしていた。
10月11日  午前6時57分、国立盛岡寮養所西下病棟2号室で、肺結核と肺性心の合併症、および
 永い闘病生活のため全身衰弱し永眠
10月13日  盛岡市青山寺で告別式
 墓所は岩手郡滝沢村の穴口公葬地
 昭和44年     1月
 「歴程」124号で村上昭夫追悼特集 
12月  「皿」49号で村上昭夫追悼特集号として刊行

   旧制岩手中学校同級生代表  武田 仁
   
   岩手県詩人クラブ会長(当時)   大坪 孝二
   宮沢賢治令弟           宮沢 清六
   沢野起美子

   村上昭夫ご令室          村上ふさ子
                                  村上昭夫が好きだった白木蓮
 昭和50年  4月29日  盛岡市立図書館わきに詩碑建立・序幕 
 作品<私をうらぎるな>(活字)<選・村野四郎、碑名・草野心平書 
 設計・大宮政郎。  沢野起美子の尽力による。


村上昭夫の年譜は(日本現代詩歌文学館発行「没後30年村上昭夫『動物』への道より一部引用)


村上昭夫 詩碑見取り図

   ◆ 詩 碑

 ● 場所ー盛岡市高松1丁目

  ● 詩文ー私をうらぎるな
          盛岡市立図書館構内        選ー村野四郎
 ● 建立ー昭和50年4月29日        書ー草野心平
 ● 高さ ー1米20糎   ● 設計ー大宮政郎
 ● 横幅ー2米40糎   ● 施工ー中沢工務店、高林石材店
 ● 台座ー4×4米   高さ20糎   ● 建立者ー沢野起美子
  村上昭夫詩碑建立の影の功労者に宮静枝さんがいた  昭夫詩碑の周辺
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村上昭夫 詩碑 村上昭夫 詩文 <私をうらぎるな> 村上昭夫 詩碑書 草野心平 村上昭夫 詩碑案内板
村上昭夫 詩碑 村上昭夫 詩文「私をうらぎるな」 詩 碑 書 詩碑案内板
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村上昭夫の詩碑は、盛岡市立図書館構内と陸前高田市役所・下矢作多目的研修センター構内の2ケ所しかない
昭和42年
Laの会発行
昭和43年
思潮社発行
昭和47年
みちのく社発行
昭和58年
トリョーコム発行
平成5年
動物哀歌の会発行
平成11年
思潮社発行
平成11年
動物哀歌の会発行
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足澤  至  旧制岩手中学校 15回生(村上昭夫同級生)
岡澤 敏男  旧制岩手中学校 15回生(村上昭夫同級生)
西在家 寛  旧制岩手中学校 18回生 (村上昭夫同窓生)
横田 英司  岩手高等学校  11回生(村上昭夫 後輩)
佐々木甚一  岩手高等学校  11回生(村上昭夫 後輩)
高橋 克彦  岩手高等学校  19回生(村上昭夫 後輩)
中村 重夫  岩手高等学校  22回生(村上昭夫 後輩)

小野寺 苓
 村上昭夫旧制岩手中学校の恩師牟岐喆雄
 先生の令嬢(筆名北川れい)



                 第1回 昭和64年5月12日
                 第2回 昭和64年9月20日
                 第3回 平成2年11月2日
                 第4回 平成2年11月25日
                        (記録無し)
                 第5回 平成4年1月10日



「動物哀歌」の詩人 村上昭夫の肖像


 
 筆者 岡澤敏男 (岩手中学 旧制15回生)
     筆名 小泉とし夫

 「動物哀歌」の詩人 村上昭夫の肖像
盛岡タイムスに平成13年3月8日より平成14年
6月27日まで69回掲載しされたものです。
     (盛岡タイムスのご好意により
             承諾を得て掲載)

はじめに
1 ~10回
11~20回
21~30回
31~40回
41~50回
51~60回
61~69回



石桜新聞・石桜同窓会報 村上昭夫 関連記事



 石桜新聞 第80号 昭和45年2月10日発行
村上昭夫さんについて
    ⅢC 中村重夫(新22回生)

 石桜同窓会報
    第15号 平成元年12月1日発行
     「動物哀歌」忌に寄せて
       岡澤敏男(旧制15回生)

     第16号 平成2年12月1日発行
      昭夫と愛犬クロ
       岡澤敏男(旧制15回生)

     第20号 平成6年12月1日発行
       第47回 石桜祭 講 演
        岡澤敏男(旧制15回生)




金子正画伯のイメージ絵


    
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     記して謝意を申し上げます。
   
     日本現代詩歌文学館  盛岡市先人記念館  盛岡市立図書館  陸前高田市  盛岡タイムス 
     村上 成夫  岡澤 敏男  足澤 至  石川 徹  西在家 寛  高橋 克彦  横田 英司  佐々木 甚一  中村 重夫 


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