詩の教室で師の村野四郎より村上昭夫の話を聞き、詩集「動物哀歌」を入手。 |
同詩集に心打たれる。 |
新書版の詩集「動物哀歌」が少ししか発刊されないことを知り、再刊を決意 |
68年村上昭夫詩集「動物哀歌」(思潮社)を出版、印税は夫人のふさ子に渡るように |
手配する。 |
75年村上昭夫詩誌「私をうらぎるな」建立除幕(作品の選は村野四郎) |
82年日本現代詩人会に1.000万円出資、現代詩人会では当事の会長・安西均、 |
理事長・新川和江を中心に理事と相談し「現代詩人賞」を創設し公益信託現代詩人賞 |
澤野起美子とする文部大臣許可を得る。(基金は84年にも2.000万円出資) |
澤野起美子の心は常に故郷を向いていたように思う。 |
奨学金の設立、村上昭夫詩集の出版、詩碑建立などが好例であろう。 |
自宅を売却したあたりから澤野の心はもっと広い故郷の詩界に向けられたようである。 |
(北畑光男)
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