TOP三田 循司の作品(詩)│三田 循司関連ハガキ・手紙Photo Gallery

2009.6.19は
  太宰 治生誕100年です
     太宰 治と親交のあった、旧制岩手中学卒業の
                              三田 循司先輩を知っていますか
アッツ島玉砕を知っていますか

太宰 治 岩手中学の先輩  三田 循司
       
父 三田 勇治 弟 三田 悊
  
                 平成21年6月19日に初めて公表された
     
<拡大写真>                太宰 治から三田 循司宛のハガキ


  父 三田勇治
三田 循司      明治22.9.17~昭和50.12.31
太宰 治 大正6.9.17生まれ(花巻)
明治42.6.19~昭和23.6.13       花巻で三田製糸所、映画館経営
  昭和 6.4.1
    旧制岩手中学校入学
 
   昭和10.3.3
    旧制岩手中学校卒業

  
     戦前より旧花巻町会議員
      岩手県会議員 1期
       (昭和26.4.30~昭和30.4.29)
  昭和15年12月13日  
   三田 循司と戸石 泰一、
      初めて太宰 治宅を訪問

      この日は満月の夜であった
郷土兵団物語より     
 昭和10.4.1  旧制 二高入学
 昭和14.3.31 旧制 二高卒業
     第一回アッツ島遺骨収拾団に
      岩手県を代表して参加
      (昭和28.7.1~7.25)
 三田 勇治のアッツ島遺骨拾集団日記
  昭和14.4.1東京帝国大学入学
  昭和16.12 東京帝国大学
      繰上げ卒業
アッツ島見取図
太宰 治が三田 循司の
玉砕を知ったのは

昭和18.8.29の新聞発表で知る

三田 循司の戦死を知り、彼を主人公に
散華」を書き
「新若人」昭和19年3月号に発表する

弟 三田  悊
大正8.11.17~平成4.12.27
 昭和17.2.1 徴兵
  歩兵第105連隊に入営

 昭和17.10.26
 北海守備隊に転属を命じられる

 昭和18.1.23
  崎戸丸、君川丸に分乗
  幌筵を出港

 昭和18.1.31 ホルツ湾入港
  兵員総計 26.114名

 昭和18.5..12 アッツ島戦闘開始

 昭和18.5.29 玉砕
  
 昭和18.5.30
大本営アッツ島部隊の玉砕公表
  敵兵力20.000

 昭和18.8.29アッツ
  将兵の氏名発表

  何れも2階級特進 
  三田 循司は2階級特進兵長

詳しくは戸石 泰一の「玉砕」参照
父の経営する映画館の手伝い
父没後花巻で2軒映画館経営
三田 循司が交流のあった関係者に
山岸 外史と戸石 泰一がいた
花巻出身国会議員 北山 愛郎の     
東京、地元秘書 (昭和35~58年) 


花巻市会議員 5期
 (昭和46.4.30~平成3.4.29)
山岸 外史
明治37.7.16~昭和52.5.7
 
山岸 外史
          若き頃の三田 悊
三田 循司17回忌に碑に謹書    
浦田 敬三  太宰 治と三田 循司
浦田 敬三 
昭和27年6.7~28年3.31
岩手中・高校国語講師
兄の関係で太宰 治、山岸 外史、
  戸石 泰一と交流あり
    
アッツ島関連URL
三冊の手帳 三田 悊
戸石 泰一 三田 循司の
発表されている作品(詩)
太宰 治から三田 悊に宛てた礼状(ハガキ)
大正8年~昭和53年
     


 追想 三田 循司
「北の海」  山田 秀雄
親友三田 循司のアッツ島での戦死を題材に
昭和27年9月に「小説朝日」に「玉砕
を発表
「玉砕」 1   「玉砕」 2   「玉砕」3
堤 重久
「太宰 治
との7年間」
より三田 循司
関連引用


妹 三田 綾子
青い波がくずれる   戸石 泰一
わたしの太宰 治「別離」 (昭和47年12.5)
「別離」 1  「別離」 2  「別離」 3
桂 英澄
太宰 治研究
Ⅱその回想年譜
山内 祥史編より
三田 循司
関連引用

「散華」の頃  戸石 泰一 太宰 治の弟子たち
井の頭公園の青春
山本 貴夫
三田 循司の妹 三田 綾子・四郎夫妻
三田 綾子・四郎夫妻が三田 循司の遺品保管

太宰 治 直筆の未発表ハガキに遭遇                    三田 循司宛4通 弟三田 悊宛1通
平成21年6月19日 テレビ、新聞で公表

昭和16.7.11 本郷区向ケ丘彌生町3 鈴木館内 三田 循司宛 昭和16.8.3 本郷区彌生町3 鈴木館内 三田 循司宛
昭和16.9.24 本郷区彌生町3 鈴木館内 三田 循司宛 昭和17.1.13 岩手県花巻町1日市 三田 循司宛

新たに太宰 治から三田 循司に宛てたハガキ1通発見
三田 循司の遺品日記風大学ノートを整理している最中に偶然に発見
編者が三田 循司の遺品の整理を委託されている、日記風大学ノート20数冊を
整理している最中に偶然に新たに平成21年7月29日に1通発見しました。
もう少しで見逃す状態でしたが、今まで発見したものより古いもので、しかもそのハガキに対する感想文も記してありました。
昭和15.12.18 本郷区向ケ丘彌生町3 鈴木館内 三田 循司宛
「夕暮れ」  「高架」がいいと思います、と評価している。
この状態でノートに感想文

三田 循司は                 太宰 治生誕100年に合せて                         師と仰ぐ 太宰 治 の肩におんぶして          65年ぶりに世に出る
太宰 治からの未発表のハガキにめぐり遭う迄の経過

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