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| 石桜70年誌 | ||
| 発行月日 平成8年10月19日 | ||
| 発 行 者 岩手中・高等学校石桜同窓会 | ||
| 石桜70年誌表紙 | ||
| 挨 拶 | ||
| 70周年を起点として | 石桜同窓会会長 | 赤坂 俊夫 |
| ご挨拶 | 岩手中・高等学校長 | 池口 杜孝 |
| 第1編 創立からの50年 | ||
| 第1章 総括 | ||
| 草創期 1926-1931(大正15‐昭和6) 建学の理想は石桜精神 | ||
| 第1章・通史 草創期 70年という歳月 義正、18才で「中学校設立」を投稿 | ||
| 津田仙の学農社に学ぶ 実業の世界で成功をおさめる 義正翁、人材育成に着手 | ||
| 中学校創立を一時は断念? 開校までの紆余曲折 | ||
| 一流の教師たちを集める 鈴木校長就任す 伝統の形成着々と 学園主義の実践 | ||
| 新渡戸稲造博士来校す | ||
| 第1回生卒業生を送り出す | ||
| 校規三大綱領 「積慶、重暉、養正」について | ||
| 寄 稿 | ||
| 生涯現役 昆 正助 (旧制1回生) | ||
| 思い出三題 松見 得明(旧制1回生) | ||
| 第2章 総括 | ||
| 発展期 1932-1944(昭和7-昭和19) 学園主義から規律厳守の学園づくり | ||
| 鈴木校長 突然の辞任 | ||
| 栃内校長 壇上に倒る | ||
| "校難"の昭和7年 | ||
| 校風を一変させた佐々木校長 | ||
| 巨星墜つ ー義正翁逝去 待望の新校舎落成 | ||
| 秩父宮台臨の感激 | ||
| 戦時体制のなかで | ||
| 寄 稿 | ||
| 徳 育 宮 静孝(旧制8回生) 県立の他校と遜色なく 藤村 清一(旧制8回生) | ||
| 剣道でよき師、良き先輩を得て 三浦 正雄(旧制6回生) | ||
| 忘れ得ぬ思い出、恩師対面 照井 安彦(旧制9回生) | ||
| 母校へのこだわり ―私立岩手中・高等学校の魅力を求めてー 栃内松四郎(旧制10回生) | ||
| 私のラクビー部生活 ー昔を思い出すままにー 滝川 忠夫(旧制13回生 旧姓角掛) | ||
| 岩中で学ぶ 辻 公一朗(旧制12回生) | ||
| 国体選手第1号の勲章 ー岩中水泳部の思い出ー 吉田 大三(旧制12回生) | ||
| 燃ゆるころ 小松代 功(旧制14回生) 戦時色の青春 中村 一雄(旧制15回生) | ||
| 空腹と夢のタンゴ ー「わがゲートルの手記」よりー 岡澤 敏男(旧制15回生) | ||
| 戦中・戦後の狭間で 大坪 幸平(旧制17回生) | ||
| 第3章 総括 | ||
| 新生期 1945-1954(昭和20ー昭和29) 敗戦、そして学舎の回復 | ||
| それぞれの昭和20年8月15日 価値観の一変と混乱 向上心と白紙答案事件 | ||
| 食料危機と山菜採り休日 | ||
| 精神の解放と自己表現 | ||
| 異彩を放ったグリークラブ | ||
| 新制岩手中学と岩手高校の誕生 | ||
| 創立25周年と石桜図書館の竣工 | ||
| 寄 稿 | ||
| 私学こそ夢と力 ー母校の発展を願ってー 村木 宏彰(新3回生) | ||
| 寄宿舎「積慶寮」の怪 佐々木 京一(新1回生) ガラパゴス 高橋 章浩(新4回生) | ||
| 石桜生まれのもの書きたち 伊五沢 富雄 | ||
| 「石桜新聞」の復刊を願って 近津 儀一(新8回生) | ||
| アイデンティティの確立 牛越 恂(新3回生) 数々の思い出 斉藤 裕(新6回生) | ||
| 出会い 細屋直躬(新5回生) | ||
| 第4章 総括 | ||
| 雄躍期 1955-1976(昭和30ー昭和51) 中・公一貫教育の開花 | ||
| 佐々木校長から山中校長へ | ||
| 野球部、甲子園への切符を手にする 甲子園で強豪を破る | ||
| プール竣工に水泳部の意気あがる | ||
| 長髪問題と現代っ子気質 | ||
| 中学の募集停止と再会 | ||
| 創立50周年を迎える | ||
| 寄 稿 | ||
| 応援席から観た甲子園 鎌田耕一郎(新8回生) 岩中一家 小林泰宏(新9回生) | ||
| 兄弟同窓 横田 英司、横田 雄司 岩手高校時代の音楽体験 瀬川 武(新12回生) | ||
| 伸びやかな校風の中で 小苅米 淳一(新13回生) わが校風について 村田 憲正(新18回生) | ||
| 思い出の一言 肥田 敏比古(新18回生) 最低点かにのスタート 藤沢 正男(新21回生) | ||
| ロック・ハンド・スクールー英語でのつまずきー 佐々木 甚一 | ||
| 青春時代を通じて得たもの 楢山 直樹(新24回生) | ||
| 第2編 新世紀に向かって | ||
| 第1章・概括 (昭和52年ー平成8年) 教育環境の整備と新教育の変遷 | ||
| 校舎炎上 | ||
| 仮校舎での授業 | ||
| 私学ならではの心の交流 | ||
| 再開された石桜祭 | ||
| 母校は新たな飛躍へ | ||
| 寄 稿 | ||
| 空に真赤な 福士 俊哉(新30回生) 旧校舎焼失の思い出 和田 健一郎(新30回生) | ||
| 母校の伝統われらにあり 細屋 秀人(新32回生) 報恩感謝 久慈 竜也(新30回生) | ||
| 時代の境目の学生 旧校舎最後の卒業生として 立花正男(新29回生) | ||
| 石桜図書館を再び訪れて 田村 泰俊(新27回生) 胸をかりる 柳澤 宣勝(新35回生) | ||
| 暗中模索の連続が高校時代 藤原誠太(新28回生) | ||
| 厳しく、楽しかったコンサートの練習 細越 健志(新34回生) | ||
| わが青春はハンドボールに燃えて 内記 康晴(新45回生) | ||
| 学園生活への提言 | ||
| 栄の花は開かずや 大西博(旧制13回生) | ||
| 往時を想いながら ー若き後輩に一言ー 牟岐鹿楼(旧制16回生) | ||
| 校威高揚への提言 八重樫昌宏(新4回生) | ||
| 普通がむずかしい 畑中幹夫(新36回生) | ||
| 第3編 学園のうち・そと | ||
| 第1章 クラブ活動・各部の活躍 運動部 ・ 文化部 | ||
| 第2章 活躍する石桜群像 | ||
| 自分をどう客観視 ー 演劇に求められる姿勢 ー 秋浜 悟史(新5回生) | ||
| 国際化したJUDOを科学の眼で斬る 佐々木 武人 | ||
| 光ファイバーで次代のマルチメディア社会を構築 三田地 成幸 | ||
| 捜査、救助の使命感 佐々木 高(新25回生) | ||
| 第3章 学園をめぐる人物像 師影点描 | ||
| 太田 達人先生、南部 五郎先生、北住 敏夫先生、島軒 十次郎先生、小林 博先生 | ||
| 小笠原 哲治先生、山中 順三先生、戸嶋 正夫先生 | ||
| 詩人作家研究者 | ||
| 病いは金剛石よりも固い 学友、詩人村上昭夫のこと 岡澤 敏男(旧制15回生) | ||
| 対談 自由な気風 自由な精神 | ||
| 佐藤 章(新2回生)・高橋 克彦(新19回生)両氏 母校を語る | ||
| 美術家群 | ||
| 佐々木 一郎(旧制3回生) 、近藤 和彦(旧制17回生)、斎藤 孝三(旧制17回生) | ||
| 佐藤 祐司(新2回生)、宇夫方 康夫(新6回生)、重茂 佳伸(新10回生)、 | ||
| 宇津宮 功(新15回生)、村上 誠(新17回生)、藁谷 収(新24回生) | ||
| 武道家列伝 | ||
| 弓道、剣道、柔道、空手道 | ||
| 第4章 石桜同窓会のあゆみ | ||
| 理事長・三田 儀一先生との対談 | ||
| 「三田義正 ー 人材育成と果断の事業家」刊行 | ||
| 同窓会長のリーダーシップ | ||
| 退任するにあたって 石桜同窓会前会長 松見 得明 | ||
| 母校の発展に寄与せん 石桜同窓会長 赤坂 俊夫 | ||
| 同窓会支部 | ||
| 東京石桜同窓会の現状 山田石桜回短信 久慈石桜会のこと | ||
| 釜石石桜会の歩み 雫石石桜会のこと つなぎ石桜会通信 | ||
| 県庁石桜会より 医大石桜会から | ||
| 略 年 表 | ||
| 略 年 表 | ||
| そ の 他 | ||
| 石桜70年誌 編集委員会 | ||
| 編集後記 | ||
| 奥 付 | ||