 |
|
 |
|
| 「体操との出会い」 |
|
| 田村雄幸 昭和41年卒(新18回生) |
|
|
|
|
|
| 私は岩手中学校から体操部にお世話になりました。 |
| 小学校の時、背が小さかったにもかかわらず、跳び箱の8段を跳べたからかも知れません。 |
とにかく、体操には種目がたくさんあるということを知らずに入部したものでした。 |
| 鉄棒で蹴上がりもできずに試合に出て恥ずかしい思いをしたものでした。先生方、諸先輩に指導 |
| されながら何とか選手になれ、試合にも出ることか出来るようになりました。 |
特にも、中学校あたりは同級生の菊池卓夫君のお兄さんで、康彌さん(新14回生)にも大変し |
| ごかれたこと。高校になってからからは先輩でもあり、後に先生となる菊池軍次先生(新13回生) |
| にしごかれたものです。その甲斐あって、宮崎インターハイ、岐阜国体に出場することができま |
| した。 |
足澤先生、菊池軍次先生はじめ諸先輩に恵まれ、それらの指導に対して大変感謝をしており |
| ます。そして、もちろん根本、吉田、佐々木といった仲間の存在も大きかったと思います。 |
毎日、朝昼は部室てのあん馬の旋回競走、だから特にあん馬は得意だったし、高得点をとって |
| いたような気がします。 |
さらに菊池軍次先生の影響もあり大学にも行くことになり、岩手国体(1順目)にも関わり、 |
| 来る3年後の2順目岩手国体にも体操協会の一員として関わることになります。 |
今後、石桜体操クラブの事務局としても微力ながら尽力していきたいと思っております。 |
|

|
 |
| 優勝旗をもって 盛岡体育館前にて |
宮崎インターハイにて |
|
| <拡大写真> |
|
|
|