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石桜三五会傘寿記念同期会 |
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日 時 令和4年6月22~23日 |
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第1日目 6月22日 18:00 石桜三五会傘寿記念同期会 |
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│石桜三五会傘寿記念同期会の動画│ |
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会 場 花巻温泉・千秋閣3Fオーキット |
出席者 17名(岩手県内12名 東京5名) |
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司会進行 佐藤忠男 |
開会の辞 吉田泰介 |
物故同期生へ黙祷 |
旭日単光賞を授与された上野吉朗君に記念品贈呈 |
上野吉朗君より経過報告と謝辞 |
乾 杯 音頭 木村武司 |
懇親会 |
参加者全員より近況報告 |
余 興 瀬川 武 |
現在も現役で活躍しているワンマンショー |
余 興 吉田 徳三 |
我々の人生も最終コーナーを回りました。 |
そんな事を顧みながら「我が道を行く」即ち「マイウェイ」を言語(英吾)で・・・ |
校歌斉唱 音頭 田村 隆一 |
閉会の辞 一番遠い所から参加の小笠原 定則 |
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※ 恒例の二次会は、コロナ禍の為自粛 |
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司会進行 佐藤忠男 |
会場風景 |
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物故者経黙祷 |
開会のあいさ 吉田泰介 |
記念品贈呈 |
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乾杯の音頭 木村武司 |
校歌斉唱 音頭 田村隆一 |
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記念写真 |
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第2日目 6月23日 盛岡再発見の旅 |
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│盛岡再発見の旅の動画│ |
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ホテルで朝食後、貸し切り観光バスで一路盛岡へ出発 |
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南部鉄器「岩鋳」訪問 |
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石割桜訪問 |
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瀬川正三郎銅像に献花 |
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お父さんの銅像の前で同期の瀬川武 |
記念写真 |
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瀬川正三郎三は同期の瀬川武三の父上である。 |
岩手中学教諭を退職後数々の要職につき、特に柔道整復師として困っている人や、小中学生は無量で治療 |
多くのご遺徳により中津川湖畔、盛岡城址公園内に銅像が建立されている。 |
胸像の制作は船越保武である。 |
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新渡戸稲蔵生誕の地に建立されている胸像見学 |
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トーテムポールを見学 |
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盛岡城跡公園内の「トーテムポール」は盛岡市とカナダ・ビクトリア市と姉妹都市提携10周年を |
記念してビクトリア市から寄贈されたポールです。 |
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ランチタイム(於 大道苑) |
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冷たいビールで乾杯。焼肉と冷麺で、まるで小宴会のようでした。 |
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岩山公園展望台見学 |
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学生時代、毎日のように眺めていた岩手山、姫神山、南昌山そして盛岡市内の展望は |
残念ながら生憎曇りの天気で見られませんでした。 |
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車窓より「岩手銀行赤レンガ館」と「石川啄木新婚の家」を見学 |
「岩手銀行赤レンガ館」の設計は、岩手高校旧校舎を設計した著名な葛西萬司で |
彼は東京駅、日本銀行も設計したとの話しに一同驚いていた。 |
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「石川啄木新婚の家」の第一発見者は岩手高校国語教諭の吉見正信先生であるとの話
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初めて知ったと感激していた。 |
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母校岩手高校訪問 |
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和田校長先生の出迎えと説明を拝聴する。 |
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思い出の校舎は、講堂と図書館そして門柱だけで |
なんか他校の校舎に来たみたいと思う方もいたようです。 |
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盛岡駅で解散 |
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第1日目の同期会と楽しい宴、第2日目の盛岡再発見の旅。 |
「 灯台下暗し」ではないが普段見慣れている盛岡、あらためて再発見が出来たバスツアー |
総ての日程を終えて盛岡駅で解散。、体に気を付けてまた元気で逢おうと |
東京組は新幹線で地元組はそれぞれ、2日間の楽しかった思い出を胸に帰路へ。 |
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